一年2

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 改めてそれを指摘されると、誇らしい気持ちになる。  そうだ、と思い、ぱんと手を叩いた。 「じゃあ、これでチャラじゃないですか」 「チャラ?」 「そっちは昨日まで若者に借りがあった。でも今日、俺たちがひったくりを捕まえたことでその借りはなくなった。それでどうですか?」  サラリーマンはふっと息を漏らした。 「君たちはどうしてそこまでお礼を受け取りたがらないんだ? 普通の若者ならこっちから言わなくても、くれくれと言ってきそうなものなのに」 「それは偏見だ。全ての若者がそうじゃない」とサラリーマンの方へ指を向けた。  その時にふと、もしかしたらおやじ狩りに遭った同僚というのはこの人自身かも知れないと思った。  「あの」と口に出したが、やっぱり訊くのは止めた。  もしそれが事実だとしても、わざわざこの人が三人称を使って話してくれたのだから、それを確認するのは間違っている。 「どうした?」 「いや、何でもないです。それよりも、偏見は良くない。そんなんだから、ひったくりに遭うんだ」  サラリーマンは参ったという表情をして、「そうかもしれないな」と呟いた。 「じゃあ、俺は帰ります。後のことは任せます」  サラリーマンは嬉しそうな微笑みを湛えて、「分かった。今日は本当にありがとう。佐々木君にも伝えておいてくれ。あ、そうだ。君の名前をまだ聞いてなかったね。せめてそれだけでも教えてくれないか」と言った。 「高屋です。高屋誠」  そう言って、その場を立ち去った。  背中から、もう一度、ありがとう、という声が聞こえてきた。
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