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「慌てるなって。ここからだよ」
高屋は顔を歪めた。
おそらく昨日のうちに何度もどう話すかシミュレーションしてきたのだろう。
話し方が少し芝居がかっていた。
「その三人に見覚えがないか、一人一人の顔を見てみたんだけど、やっぱり記憶になかったんだ。だからそのままよけて通り過ぎようとしたら、急に真ん中にいた男が、多分そいつが三人の中でリーダーなんだろうけど、自転車ごと俺を蹴ってきたんだ」
高屋はいよいよ最大の盛り上がりの場面だというように声のトーンを上げた。
一方で佐々木は不思議だった。
どうして高屋は自分が被害者なのに、こんなに楽しそうなのだろうか。
まさか、自分が蹴られたことよりも、他人と違う経験が出来た喜びが上回っているとでもいうのだろうか。
気持ちは分からないでもないが、とても理解できなかった。
「蹴り倒された俺は、事態が呑み込めなかった。当然だろ。何の前触れもなく蹴られたんだから。そんな俺にそいつが、顔面とわき腹と、一発ずつ蹴りを入れてきやがった」
高屋はその痛みを表現するように顔をしかめて、わき腹をさすった。
「それで、その時に俺を蹴ってきた奴が、『俺の女に何をした!』とか『殺してやる!』とか言ってきたんだ」
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