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「まあ、それもそうだな」と高屋は納得した。
高屋としては佐々木の側に立ちたかったのだろう。
いつもと違う立ち位置、つまり、自分も種を知っていて、その上で由利が驚く姿を見たかったのだ。
「じゃあ、さっき言った要領で。俺は後ろ向くから」
佐々木はそう言って後ろを向いた。
「うん、分かった」
由利は頷く。心の中は、どうなるのだろう、とわくわくした感情が溢れていた。
そして手を額に当てて十秒数えてから、「もういいよ」と言った。
佐々木が振り返る。
「さあ、どっちでしょう?」
相変わらずのわくわくした感情が滲み出て、表情にも表れていしまっている。
佐々木は差し出された手を見比べた。
おそらく見た瞬間にどちらか分かっていたのだろうが、演出のため考え込む振りをしているようだった。
眉間にしわを寄せ、いかにも手から発せられるメッセージを聞き取っているという具合だ。
その間、真剣な眼差しで由利の手を見つめる佐々木の顔に見とれていた。
手品師が放つ独特の緊張感に呑まれそうだった。
「こっちだ」
佐々木はそう言って由利の右手を指差した。
由利は「すごーい」と言って右手を開いた。
そこには先ほどの百円玉があった。
心の中では安堵と驚嘆が入り混じっていた。
手品というのは成功することが大前提だ。
成功すると分かっている手品師よりも、先が見えない観客の方が失敗を恐れてしまう。
そして成功すると分かっていても理屈が通らない現象を目の当たりにすると痛快な気分になる。
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