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そんなことを考えている内に、駅はもう目の前だった。
「あたし、切符買ってくる」
紗智が切符売り場に走った。
お酒のせいか、よろよろ走る姿が危なっかしい。
「転ぶなよ」
そう紗智に声をかけた熊の眼は、紗智を愛しそうに、切なげに見つめていた。
…別れたからって、全てなかったことには出来ないんだ。
熊の視線をあたしは勝手に解釈し、何故だか涙が込み上げそうになった。
「なぁ、葵」
はっとして熊の顔を見上げると、今度は少し困ったような熊の顔があった。
「今日さ、朋哉いなくてお前、残念だった?安心した?」
突然、自分のことを聞かれたせいか、一瞬何の話かわからなかった。
その質問の答えが、今のあたしには見つからない。
残念?安心?
あたしは朋哉がいなくて、残念だったの?それとも、安心したの?
「…悪い、今の忘れて」
あたしがなかなか答えず、ただ口をぱくぱく開くだけだから、熊が苦虫を噛んだような顔をしてあたしから顔を逸らした。
そのまま再び煙草に火をつける。
ちょうどそれと同時に、切符を握りしめた紗智が戻ってきた。
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