里帰り

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瓦の屋根に白塗りの壁。年期の入った木材が使われている古風な民家は、時代劇から持ってきたかのように見える。 どの民家にも大抵停められている自動車は、その土地の交通の不便さを表していた。 景観に似合わない赤い自動車が、道路が通っていなければ確実にここまで来れないであろう田舎道を走る。 上下に揺れて走る赤い自動車の後部座席から、短髪の少年が顔を出した。 自分が住む町とは全く違う景色を、自動車の窓から観察する少年。 山奥に見いだした好奇心の海を泳ぐ少年の目に止まったのは、都会では見ることの無い大きなタイヤが付いた乗り物たち。 どうやってあれを山奥に持って来たんだろう?と疑問に思う少年を、ハエともカともとれない羽虫が歓迎する。 「なにこれ、出てけよ」 少年の抵抗は空を切り、エアコンで外より涼しい車内を小さな羽虫がきままに散歩している。 「窓空けといたら出ていくって」 握るハンドルから手を離さないままに、羽虫への降伏を勧めたのは少年の父親。 「高速道路が渋滞で使えなかったから時間かかったけど、もう少しだからな」 ぐずる子供をあやすような父親の発言に、少年は投げやりな返事をしたが、ラジオから流れる古い歌にかき消された。 再び少年が窓の外を見ると、空には濁った雲が目立ち、昼間は焼けるように暑かった空気に湿度を含ませている。 親子を乗せた赤い自動車は、夕立の雲と緑色の田舎町を背景にして走っていた。 夏休み。 学生にとっては長期休暇を意味する言葉だが、宿題や課題はもちろん部活動や旅行、人によっては補修授業などもあり、本当に休める日はそう多くはない。 社会人ならなおさら、ただ休むという訳にはいかず、まとまった休暇をとれない者も珍しくない。 赤い自動車に乗ったこの家族も例外ではなく、たった3日しかない父親の夏休みを利用して、田舎へ里帰りに来ている。 田舎道を走る赤い自動車はやがて速度を落とし、細い水路の走る道路の脇に停車した。
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