鞭打ち人への道

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     仕方なく私は馬車を路肩に止めさせた。そして馬丁に馬から下りるよう指示した。いぶかしげな顔で地面に降り立った馬丁の肩を掴み、くるっと反対側を向かせた。  そして腰下げ袋の中でとぐろを巻く真新しい(国から支給された、鞭打ち人公式規格の)鞭を取りだして、先っぽがだいたい自分の一メートル後方にくるよう調整すると、やや遠慮ぎみに振りかぶり、ごく弱い力で鞭の先端を馬丁の背中に振るった。馬丁は「痛てぇ」と上擦った声をあげた。これが記念すべき、私が鞭打ち人として初めて鞭を振るった瞬間である。  私は馬丁に十ペイカ銀貨を握らせ鞍上に戻し、再びアカウチ村に向かって馬車をやらせた。  夕刻、やっとのことでアカウチ村への凱旋を果たした私を待っていたのは、予期していた通り、手の平を返してへいこらする村長以下、世慣れた村人の連中と、今は亡き父親の遺影を振りかざしては「ほらあんた、うちの一人息子はやっぱりなんかやる子だったんだよ」と涙ぐむ母の姿だった。  母はともかくとして、あのころあれだけ私のことを“無能な奴だ”と断じていた村の連中が、ひとたび私が鞭打ち人になると知るや、このように村人総出でお出迎えと相なるわけだから、百姓の図々しさたるや推して知るべしである。予想された“ざまぁみろ”の精神よりは、二度と味わいたくなかった土着民根性への食傷のほうがやや勝っていた。  ユキの姿を探して人垣の中に目をこらしていた時、見たくもない顔を発見した。忌々しいサルコジの姿だった。彼は私と目が合うなり、背を預けていた民家の外壁からゆっくりと身をはがし、首をかしげかしげ歩み去って行った。
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