鞭打ち人への道

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     今にも崩れそうなコンクリート造りの大衆酒場には、酔っ払いが鈴なりになってたかっている。カウンターに陣取って何事かを大声でまくし立てている常連風の客。座り切れずに立ち飲みを余儀なくされながらも陽気にジョッキを振り回している百姓風の酔っ払い。店の中央の空きスペースでは、ふくよかな女性が何やらオペラらしき雰囲気を出してオペラじみた歌を唄っていた。(彼女はオペラ歌手によく見られるワインレッドのドレスを着て、オペラ歌手さながらの口の開きかたで歌い、オペラ歌手にありがちな手の組みかたをしていた)また、そのオペラ歌手の歌声に合わせて、夫婦者とおぼしき中年の男女がよく分からない勢いだけのダンスを踊っている。(二人とも揃って白髪だった)  そんな一風変わった飲み屋を横目に、私はドヤ街を先へ進んだ。すると数軒先の平屋から、市場の“競り”のときに耳にするような「ヨッ、ヨッ」という小気味よい掛け声が響いてきた。恐る恐る中を覗いてみると、中では野暮ったそうな五・六人の男が公然とチンチロリンに興じていた。賭博だ。  場を切り盛りする短髪の男が必要最低限の情報を呼び掛けるほかは、皆、水を打ったように静まり返っている。この国では非合法とされている賭場が、こんなところで臆面もなく開帳されているのだ。恐らく当局のほうでも、こんな寂れ果てた田舎の賭場に目くじらを立てるよりは、大目に見て多少のガス抜きをさせたほうが得策だと見越してのことだろう。その方策はたぶん、正しい。  街道では酔っ払いがゲロを吐いているほか、意外にも客引きの女が(数えるほどだが)退屈そうに突っ立っているのが印象的だった。ペテルブルグのネフスキイ大通りあたりならよく見かける光景だが、こんな片田舎のドヤ街にも売・春(ばいしゅん)市は立つのだなと、なかば感心してしまった。
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