鞭打ち人への道

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     そのまましばらく飲み屋通りを歩いていると、前方に見える酒屋の軒先に、意味もなく車座となってたむろしている柄の悪そうなチンピラ連中を発見した。  “鞭打ち人になった私を前にして、酔っ払いや山師、それに素行不良を売りにするチンピラ連中がどういう態度を取るものなのか”という疑問を解消するのにはおあつらえ向きの実験台だった。  私は彼らの前へと無造作に歩み寄る。そして「あ~?」とか「なんだテメェ!」とかのたまう若気の至りを前にするや、私は腰下げ袋の中から自慢の鞭を取り出した。それから右手で柄を持って鞭の先端をたら~んと垂らし、急転直下、いきなり「鞭打ち人だ!」と怒鳴ってみせた。彼らは目を丸くして私の鞭をしげしげと検分し、そしてはじけるように立ち上がった。そして背筋を伸ばし、気をつけの姿勢をとる。もはやチンピラも肩無しだった。  私が鞭打ち人として最初になした仕事は、このチンピラ連中に鞭をくれてやることだった。私に鞭打たれるやいなや、彼らは蜘蛛の子を散らすようにして四散した。以前ならとてもじゃないが頭の上がらなかったチンピラ連中どもを、なんとこの私が鞭でもって懲らしめたのだ。正直、爽快だった。  また、私が鞭打ち人として初めて報酬を受け取ったのも、まさにこの時だった。ヤクザまがいのチンピラに軒先を占拠されて商売あがったりだった店の番頭から、感謝の言葉と共に五ペイカ銀貨を受け取った。  肩なしだったのは何もチンピラ連中ばかりではない。私がチンピラを追っ払う一連のシーンを遠巻きから眺めていた村の娘っ子たちが(あのころ私など鼻にも引っかけなかった彼女たちが)、手の平を返すように尻尾を振ってきた。  彼女たちは私が鞭打ち人だというだけですっかり参ってしまい、何気なくちょっかいを出してきては隙を突いて私の二の腕に触れたり、居酒屋に場所を移してからも、私の冗談にウケている風のフェイントから太腿に手を置いてきたり、露骨に腕を組んできたり、ボディータッチに余念がなかった。  比較的意思の強そうな信念の淑女でさえ、咄嗟の反応で(女のさがで)思わず色目を使ってしまう始末だった。これには痛快を通り越してあいた口が塞がらなかった。人の精神というのはこうまで他人の社会的地位に左右されてしまうものなのか。お互いつまらない生き物だよな、と私は思った。
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