鞭打ち人への道

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     わざわざユキの家を訪問するような愚は犯したくなかった。呼ばれもしないのに行く恥辱を味わうくらいなら、会わないほうがマシだった。道でばったり会うか、さもなくば向こうから訪ねてきてほしかった。しかし、ついぞユキとすれ違うことはなかったし、彼女から訪ねてくることもなかった。  翌朝、早いうちに目を覚ました私は、朝の体操がてら川沿いの土手を歩いていると、水門の手前でばったりサルコジに会った。会ったというより、彼は道路脇にしゃがみこんで何やら地面を織り成す模様なり質感なりを観察していた。サルコジは私を見とめると、まったく物怖じしない様子で私の許につかつかと歩み寄ってきた。表情からは、かつてのパシりであり現在は鞭打ち人に昇格した人間と出くわしたことによる新境の機微などはまるで伺い知れなかった。感情のヒダを押し隠そうと努力している風にも見受けられなかった。怒鳴らなくても声の届く距離まで彼が歩み寄ってくると、私は「久しぶり」と気さくな態度を装いつつ声をかけてみた。もっとも、そんな友好的な態度とは裏腹に、私は腰下げ袋の中にある鞭に手を差し伸べていた。中指が鞭の柄をさぐり当てる。迫りくるサルコジは、近寄るだけ近寄ってきても一向に歩みの速度を落とさなかった。無人の野を行くが如く、ずんずんこちらへ向かってくる。このままではぶつかる!と私が思った矢先。彼は私の耳元に顔を寄せ、こう囁いた。「由紀と結婚した。彼女はこの一ヶ月のうちに、流刑地で処刑される」  どうしてまた?と聞く間もなし、サルコジは私の肩を叩いて行ってしまった。
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