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その日、鬼神紙都はいつもよりも早く目が覚めた。いや、正確に言うと起こされていた。
けたたましいベルの音が6畳間ほどの部屋いっぱいに響いた。
紙都はふかふかの枕にうつ伏せになったまま、腕だけを伸ばし喧騒の主である目覚まし時計の息の根を断った。
「……暑い」
数秒後むくりと起き上がった第一声がこれである。少し汗ばんだTシャツの襟を揺らすと僅かに心地の良い風が流れる。
そのまま簾のようなブラインドカーテンを上げると、眩しくて熱い日差しが紙都の寝起きの顔を照らした。窓を開けると、先日までの雨が嘘のようなスッキリとした青空が広がっていた。
「あら、おはよう紙都」
青空の下では紙都の母、鬼神御言が人目に付かないよう境内の裏に置いた物干し竿に洗濯物を干していた。
南柳市で一番古く一番貧相な佇まいの「鬼救(キグ)寺」。これが紙都の住居である。紙都の部屋は元々物置だった所をあてがわれている。
鬼救寺の歴史について、紙都はよく知らないが、前に確かに明治以前からあったという噂を聞いたことがあった。しかし、その鬼と入った名前のせいか代を重ねるうちにそのネットワークもその建物もどんどん小さくみすぼらしくなっていってしまった。
それでもいまだに鬼神御言の代、より正確には御言の夫、つまり紙都の父親の代まで受け継がれてきたのだ。最近では、前よりも評判が良くなってきている節もある。
ひとえにそれは御言のおかげであった。
紙都は、近所でも美人と評判の実年齢よりも遥かに若く見られがちなその母親の後ろ姿に挨拶を返した。
「おはよう」
「今日から学校だっけ?」
あっさりとした物言いだった。息子の登校日ぐらい覚えておけよ。
「そうだよ」
憮然と答えると、御言は洗濯を干す手を止めて急に振り返った。切れ長の目に化粧をせずとも陶器を思わせる白い肌は32歳という年齢よりももっと若く見える。
32歳でも十分若いのだが。
御言はちょうど半分の年齢である自分の息子の顔をまじまじと見つめた。
「……紙都」
「な、なんだよ」
「今日から眼鏡掛けていきなさい。居間に置いておくから」
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