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その日は早朝からしとしとと静かな雨が降り続いていた。
カタカタとキーボードを叩く音が消え、深い溜息が雨の匂いのする木造の狭い部屋にこもっていった。
「あー! 鬱陶しい天気だな!!」
少し癖っ毛のある黒髪ストレートにまだ幼さの残る丸い目の鬼神紙都(きじんかみと)は手の甲で額の汗を拭うと、手近にあった団扇を顔に向けて扇ぎ始めた。
月は8月、季節は夏。いかに太陽の光を遮ろうとも、暑さは対して変わらない。むしろ、いつもよりも蒸し暑くすら感じていた。
こんな蒸し暑さの中で何時間もパソコンをいじっていれば、イライラするくらい暑く感じるのは当たり前のことだった。
だからといって、やめるわけにはいかなかった。紙都は今、妖怪出現場所の目星を立てているのだから。
妖怪。妖。物の怪。いくつか呼び名のあるその存在は、まだ日本人が科学的な知識を持たない時代に自然への恐れ、畏怖、感謝の気持ちからつくられた想像上の生物――果たして生物と言えるかも定かではないが――であると思われている。
紙都もそう思っていた。あのときまでは。
偶然か必然かそれはまだ判別できないでいるが、あのとき滅多に行くことのないあの森へ足を踏み入れ、そしてその目で見てしまったのだ、それを。昔から手つかずのまま残された何か曰く付きの森だった。紙都の母親によると「忌の森」と呼ばれた森。そんなところなら何かが出るかもしれないと、子どもの頃は思ったものだった。
今となってはその森は誰しもが気軽に森林浴にいくような森になってしまっている。さすがに夜は誰も近寄らないが。
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