第五話 業苦

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最後に遅れた吉良が外へ出ると同時に鬼救寺は大きな音を立てて崩れ落ちた。後に残ったのは顔が血で汚された千手観音像のみ。雨粒がその汚れを落とすように降り頻る。 またも地面が揺れる。その場に立っていることも困難な揺れは、広範囲に渡って断続的に続く。何度目かの振動のあと、「見て!」と沙夜子は街の方を指差した。 遠く豆粒のように見えるそれらはしかし異様な姿だった。最初は透き通るように輪郭だけが浮かび上がり、次に半透明の物体と化し、その姿が夜闇の中に街灯の光に照らされてはっきりと映ると、紙都たちは揃って声を上げた。 「百鬼夜行!!」 それは言わば彼らの行進だった。現世へと解き放たれた者達が、意気揚々と人間達が作り上げたその街の真ん中を進む。存在を確認するように、存在を知らしめるように。 「紙都!」と、沙夜子が後ろを向いたときにはすでに紙都は坂道を掛け降りていった。 紙都は、とうに寝静まったはずの暗闇を起こすように溜まった水を跳ねて進んだ。彼らの数も力量も正確にはわからなかったが、今はそのあとを追うことしかできなかった。足を止めれば嫌がおうにも様々な思いが感情が問いが頭を巡り、一歩も動けなくなるような気がしていた。血が、流れ過ぎた。 街路へ出るや否や紙都は咆哮を上げて一直線にその群れに突撃していく。物音を立てれば軒並みに建てられた家々から人が飛び出してくるかもしれないーーそんなことは思考の外に置かれていた。とにかく目の前の妖怪を狩らなければ、そのことばかり考えていた。 魑魅魍魎の類いが殴られ、蹴散らされ、裂かれていく。群れの中に躍り出た紙都を姿形様々な妖怪がまとわりつくように押し寄せ、動きを抑え込んだ。 「離せ! 離せぇ!!」 「うるせぇ、ガキだ」 その言葉とともに拳が紙都の顔面に振り下ろされる。地が割れるような、いや、実際に紙都の身体を通じた衝撃が地面に伝い、足元のコンクリートが粉砕され、紙都は地面へと崩れ落ちていった。 (ウソ……だろ……) 踏みとどまろうとするも、身体には全く力が入らなかった。全身が雷に貫かれたように痺れ、それ以外の感覚が失われていく。朦朧とした意識がかろうじて捉えたのは、真っ赤に燃える太陽のような赤い腕に、下卑た笑い声だけだった。 その背に冷たい雨が降り注ぐ。沙夜子たちがその場に着いたときには、紙都の姿以外何もいなかった。
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