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(他の傷はともかく、この胸の傷は深すぎる。でも、これが妖怪の力だって言うならーー)
ヘリの後部座席に横たわる蓮の胸をはだけさせると、肌に直接手を置いて陣を展開する。御言さんが私にしてくれたように、妖怪につけられた傷ならば結界陣で回復するはず。
「……沙夜子さん……」
「何よ」
名を呼ばれて顔を少し上げる。殊勝に謝ってくれるのだろうと思っていたが、妙な微笑みを見て即座に予想が裏切られたことを悟った。
「沙夜子さんの温かな手がーー」
「それ以上言ったら殺すわよ」
「そ、そんな~」
傷跡を指でちょんと突くと、体が波打ち叫び声が発せられた。面白い反応だけど、構っている事態じゃない。
睨み付けるように前に座る紙都へと視線を移動させる。ぶつかる視線に負けて目蓋を閉ざしそうになってしまったが、なんとか堪えた。
「電話で聞いたと思うけど、敵は二人。一人は酒呑童子でもう一人は九尾の狐よ。外にいた京極家の大半が戻ってきて、なんとか対応しているけれど、時間の問題。あんたたち二人にも協力してもらわないと持ち応えられないわ。あと、それからヘリで運ばれてきた日向さんは、無事よ。今、梓さんが手当てをしてくれているはず」
沙夜子の茶色がかった瞳の中で紙都の目が瞬き、髪を撫でた。
「何よ?」
「聞かないのか? どうなったのか、とかどうしてこうなったのか、とか」
目を閉じて軽く息を吐き出す。ーー気になるに決まってるじゃない。だけどね。
「あんたが話したいって言うなら聞くけど。この戦いが終わったあとにね。まずは、この窮地から抜け出さないと、のんびりどうでもいい武勇伝を聞くこともできないと思わない?」
紙都も目を閉じて柔らかい微笑みを浮かべた。
「そうだよな。戦いが終わらないと、沙夜子がどうして結界陣を使えるようになったのかも聞けないしね」
「そうね」
油断していると吸い込まれそうな漆黒の瞳が悪戯そうに見つめてきて、つい素っ気ない物言いになってしまう。
それを見透かしたように紙都の隣に座る和花が可愛らしくウインクしてきた。
「やっぱり仲良いんやね、二人は」
「いや、そうなんすよ。嫉妬もわかないほどほど仲良過ぎてもう」
同意したのは蓮だ。今さっきまで死にそうな顔色をしていたのに、もう健康的な赤味を帯びてきていた。
「冗談言ってる場合じゃないわ!」
厳しい声を上げながらも、沙夜子の頬は久しぶりに緩んでいた。
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