9人が本棚に入れています
本棚に追加
私は古汚い我が家を後に表に出る。
外は雪がシトシトと降っていた。
終戦し日本が敗戦してからもう四年の月日が経とうとしている。
時間の過ぎるのは早いものである。
現在私の住む上野の町は戦後の復興に向けての作業が見られるがまだ戦争の面影が見られる。
新しく発布された憲法では、武力による解決、人身売買を禁ずといった内容の平和というものに改正されたが、当然ながら守る輩は少ない。
事実、上野や東京の表道りは小綺麗になったものの一本裏の道にはいってみると今も遊郭や身売の施設が軒を連ねているからである。
丁度、私の属している処にもそのようなものが存在している。
私はその裏通りに入り、目的の場所を目指す。
遊郭が軒を連ねる通りに入ったところであった
。
「そこのお兄さん少し休んでいかれませんか?」
不意に、着物を着崩した風な女は甘ったるい声を出しながら私の腕を掴んでくる。
こちらでは良くある光景である。
大抵娼婦か金を捲り上げる為どこかに仲間が居るのか、いずれかであろう。
どちらとも金がなくなるという点では同意だが。
後者ならもう少し大人びた者が誘惑をするだろうし、なによりも周りに仲間らしき童がいない。
となると前者だろう
少し震えている処を見ると客引きは初めてのようだ
ぎこちない笑顔が目立つ。
「ん、新人さんかい?」
私の返答に女はキョトンとした顔で私を見る。
「あ、はい。よく分かりますねお兄さん」
女はあわあわと挙動不審になる。
挙動不審になるあたり新顔として好感が持てる。
私は着物から無造作に金を何枚か取り出し、女に握らせてやる。
「そうしたいのは山々なんだけど用事があってね。これで勘弁してくれ」
「え、こんなに――貰えませんよ」
握らせた金を突き返してくる。
根は相当馬鹿真面目なようだ。
しかしながら良い子だ。
「――名前は?」
「へ?――あ、お、お水です」
「そう、お水。また来るからその時にお願いね」
頭を撫でてやる。
お水という名の女はキョトンとしたまま固まってしまった。
「――面白い奴だな」
そうして踵を返し私は今度こそ目的の場所へ向かう。
これぐらいの道草なら大丈夫だろう。
私はさっきより少し大股で歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!