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本当は、彼女に言いたい。
『必ず生きて帰ってくると』
必ず……だから君も待っていて欲しいと。
大声で叫びたかった。でもそれは許されざる言葉。ここにいる誰もが口に出したいと思っているに違いない。でもそれは……言ってはならない。
これが今を生きる私達の常識。
学友達が歌い終わると辺りに静けさが戻る。
誰もがわかっていた。もう行かなければならない時間だと。
誰もが、ここを離れたくなかった。
「では、元気で行きます!」
空気を切り裂くように一人が大声でそう言うと同じ言葉が木霊する。
行って来ます、とは言えない。行って帰ってくると言う女々しい言い方は禁句だった。
私も周りに習い挨拶をすませ彼女の前へと立つ。
「……これを」
彼女から差し出されたのは手ぬぐい。
千人針ならすでに腹に巻いてある。ならこれは……君一人で?
顔を上げると幼さが残る顔は無理やり笑おうと必死だ。
「き……」
彼女が何かをいいかけ口を噤む。ぐゅっと唇を噛み口を開いた。
「あなたを誇りに思います」
顔を上げ、きっぱりと言い切る君が大好きだ。本当は何か別のことを伝えたい。そう言う顔をしている。
私にはわかる。
君のことを愛しているから。
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