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「宝田……さん……。」
僅かに上がる瞼。
霞む視界。
ほんのすぐ傍に弓恵さんの顔。
普段ならシャンプーか洗剤の香りがするのに、僕は焦げ臭さと血生臭さに囲まれていた。
ぼやけて歪む姿でも涙を落とす様子が判る。
弓恵さん。
「……泣、か、な、で……。」
上手く言葉が出ない。
「……泣か、ないで。」
口の端から血が吹きこぼれる。
「宝田さん、意識が?」
弓恵さんが確認しようと僕の顔を覗き込む。
手を伸ばせば届く位置で、僕の身体は腕どころか瞼さえ自由に動かない。
瞳と。
言葉と。
それだけでも自由になれば。
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