プロローグ

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◇ --僕の目の前で兄は焼かれた。 分厚い強化ガラスを隔てた向こうで、兄は燃え盛る炎にその身を焼かれた。 あまりにも無謀な実験の末に兄は焼かれた。 密閉された部屋。四方から放射される火炎。 僕の隣で、所長の駿河は笑っていた。 --狂っている。 僕は、必死にキーを叩く。 流れる涙も鼻水もそのままに、僕は叩く。 僕が、僕だけが兄を救えるんだ。 正しい四桁の数字を入れられれば兄を救えるんだ。 でも、ダメだった。 僕の力が足りないのか、兄の力が足りないのか。 考えている時間はない。 適当に、がむしゃらに、祈るような気持ちで--。 何度も何度も思いつく四桁の数字を入力してみたが、どうしてもダメだった。 僕と同じ顔、同じ姿をした人間が、目の前で焼かれていく。 炎は拘束具に縛られた小さな少年を容赦なく焼き尽くそうとする。 兄は泣き叫びながら、僕に訴えかけるような瞳を向ける。 誰も止めない。 誰も実験を止めない。 いや、もう分かってる。 手遅れだってことは。 やがて炎が止まった。 無機質な部屋には黒い塊だけが残った。 人の形すらしていない黒い塊。 僕はもう何がなんだかわからずに、ただ茫然としていた。僕たち兄弟は運命共同体だと思っていた。 なのに、兄だけが先に死んでしまうなんて。 実験室の扉が開き、研究員が兄の死体を運び出す。 兄の身体は、研究員が掴んだ瞬間に、さらさらと崩れた。 僕は、白衣を着た研究員の掌からこぼれおちる変わり果てた黒い兄を、ずっとずっと見ていた。
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