第二十五章

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作戦の内容はすごく簡単だった。 甲鉄艦に近付いて移乗し、新政府軍から奪い取るというもの。 箱館から出航する旧幕府軍の船は三艦。 回天丸、蟠竜丸、高雄丸。 「蟠竜と高雄に陸兵を乗せ、回天が二艦を援護する形です」 「そんな作戦、聞いたことがねぇ」 「移乗後は白兵戦になるので、軍議の前に土方さんに話をしに来たんです」 私の顔に……何かついてる? 甲賀の執拗な視線を避けながら、黙って話に耳を傾けていた。 「それでどうやって近付くんだ? まさか甲鉄が無人ってことはねぇだろ」 「それを先ほど、荒井さんと話していたんですが……榎本さん、何か案はありませんか?」 榎本に視線が集中する中、私は注がれた好奇の目を独占していた。 土方はすぐさまそれに気付き、うんざりした口調で撥ね付けた。 「榎本さん……さっきも言ったが、こいつから得られるもんは何もねぇ」 「少し意見を聞こうとしただけだ」 「結羽、鉄の部屋に行ってろ」 歴史に直面しながらも、この話し合いには何の価値も感じなかった。 私は歴史学者ではないし、亜希なら誰より事細やかに説明するだろう。 私は全く別のことを考えていた。 目の前の背中を見つめながら……数ヵ月後も手が届くようにと。 敵の船にこっそり接近するなんて、透明になる以外に方法はない。 亜希に教えられた情報が、素早く回路を伝って口を衝いて出た。 「気付かれずに近付くなんて不可能です。私なら……アメリカやロシアに変装する」 「おい、黙ってろ! どこだ、鉄!!」 「第三国の旗を掲げて近付き、攻撃時に自国の旗をあげる……そんな騙し討ちのような……」 「いや、甲賀くん……卑怯なやり方だがそれは万国公法で認められている」 土方の大きな声が響き、甲賀と榎本は静かに顔を見合わせていた。 立ち上がった三人と入れ違いに、鉄之助が部屋にやって来る。 「何かあったのかよ? 副長、鬼みたいな形相で……何だよ、その変な顔」 「失礼だね……何もないよ」 五稜郭に到着してから今まで、何も考えずに過ごしてきたわけじゃない。 これまで私が何をしようとしても、歴史は変わらなかった。 それが絶対的なものだとしたら、土方を救うことは出来ないだろう。 でも沖田が死ななかった事実は、私にとって大きな希望でもあった。
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