第二十五章

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-----明治二年 三月 二十六日 土方が宮古湾に向かって数日後。 鉄之助に愚痴をこぼしながら、箱館港まで歩いていた。 宮古湾で起きた情報は、すでに五稜郭にいる私の耳にも届いている。 予定通りと言うよりも、土方は歴史通りに回天丸へ乗り込んだ。 鉄之助の話によると、私の思惑は完全にバレていたようだ。 私が鏡の前で赤面していた頃、土方は回天丸に乗ると断言していた。 「もし回天が沈没するようなことがあっても、蟠竜には絶対乗らねぇって。箱館まで泳ぐって笑ってたよ」 「なっ、馬鹿にしてる……必死に泳いでる土方さんの頭に、浮き輪を投げ付けてやる」 「助けるのかよ」 期待はしていたが、蟠竜丸に乗ることに賭けていたわけじゃない。 それなのに、土方には敵わないと思うと苛立ちが込み上げた。 「私と土方さんはね……もう光と影みたいに対立してるんだよ。戦が終わらない限り、二度と重なることはない」 「俺から見れば表裏一体だけどね」 「どういう意味?」 「表があるから裏が存在する、その逆もまた然り。光と影どちらかだけの世界なんて、きっと何も見えないよ」 鉄之助はため息混じりに言った。 互いの存在を認めながら、光と影は不可分な関係で共存している。 「副長の方が何倍も悩んでる。自分は生きるべきか死ぬべきなのか……迷ってるんじゃない、選べないんだ」 「……何言ってるの? 生きるに決まってるでしょ」 「当然だ、女一人残して死ねるかよ。だけど未来が変わってしまうと結羽さんが消えるかもしれない」 「亜希がそう忠告したんだね」 死ぬのも生きるのも私の為だと、鉄之助は抑揚のない声で呟いた。 土方は未来の変化を懸念し、私が何かに関与するたびに激怒した。 「もし光が消えたら影はどうなる?」 「あのさ、俺なんてまだ十六年しか生きてないんだよ? 色んなもの見たり触れたりさ、まだまだこの世界に感動させてくれよ」 鉄之助はふざけて目を細めると、私に訴えかけるように言った。 私たちは訳もなく同時に吹き出した。 「鉄くん……ありがとうね」 「まだ少しも副長に近づけてない。頼むよ、俺の希望を奪わないでくれ」 土方を慕った真っ直ぐな気持ち。 その底流にある私への想いに、嬉しくて涙が出そうだった。
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