第二十五章

65/81
前へ
/2031ページ
次へ
鉄之助は目で訴えながら、強引に話を中断させようとした。 相馬の前で出来る話には限界がある。 「そうだね、ごめんなさい……野村さんといると思ってたから」 「いたんだけどね……暴風雨のせいで予定が変わったんだよ。副長は俺と野村に選ばせてくれたんだ」 「……何を?」 「斬り込み隊に参加するかだよ。野村は自ら志願したんだ……だから勘違いしないで、これは副長の命令じゃない」 誤った解釈をしないように、相馬は慎重に言葉を選んで言った。 勘違いしているのは相馬の方だ。 副長がどんな判断をしようが、私は土方を見損なったりしない。 相馬は自然と体の向きを変え、痛々しい腕を私の視界から遮った。 「これは俺の不注意だ……結羽さんとの約束がなかったら、こんな傷では済まなかったかもしれない」 「…………」 「きっと今頃、野村と海の底にいる」 鉄之助に促され、相馬は足早に院内へと消えていった。 呆然とその場に立ち尽くす。 野村は真っ先に甲鉄へ斬り込み、撤退に間に合わずに死亡した。 艦長の甲賀は被弾しても指揮を続け、頭部を撃ち抜かれて戦死した。 これまでの私なら…… 自分の無力さを痛感し、失ったものに無駄な涙を流していただろう。 でも今は一寸の狂いもない歴史に、拍手を送ってやりたいほどだった。 「相馬さんが不注意で怪我だって……私には信じられない」 「戦死した甲賀さんに代わって、荒井さんが急遽舵を握ったんだ。副長はすぐに状況を悟って、撤退を一分でいいから遅らせろって……」 「…………」 「甲鉄に向かった副長を止めようとして、相馬さんは撃たれたんだよ」 もっこ褌を片手に、御簾紙に手を伸ばしたまま動きを止める。 部下を守れなかった背中を思い出し、近くにある浅草紙を掴んだ。 「勘違いするなよ、副長は野村さんたちを助け……」 「優しいんだね、相馬さんも鉄くんも」 「何で? 苛めて欲しいの?」 ふざけた返事の中にも、鉄之助の必死な気遣いが伝わってくる。 私はその気持ちに精一杯応えた。 「この五年間、どんな想いで土方さんについて来たと思うの? 私の想いを軽く見ないで」 「見てないよ」 「だったらそういう気遣いは要らない。死ぬ気で土方さんを守って。部下なら当然でしょ」 「さすが副長の女だ。台詞だけはね……もっと涼しい顔で言えたら完璧なのに」
/2031ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8066人が本棚に入れています
本棚に追加