第二十五章

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鉄之助は顔を覗き込むと、目が泳いでるのを見て吹き出した。 ぷいっと顔を背け、土方の時計を弄びながら帰路を急ぐ。 「鉄くん、私ね……未来から来たなんて言ってるけどさ、実際のところどうなんだろうね」 「……何が?」 「タイムスリップなんて初めからなくて、実はこの時代の人間なの……全部デイドリームなんだよ」 もちろんそんなことあるはずがない。 排気ガスの臭いも函館山の夜景も、家族の顔だって覚えている。 「……何それ、日本語?」 「さぁ、何語なんだろうね」 とぼとぼと通りを歩き、醤油の香ばしい匂いに足を止めた。 店先に並んだ二本の焼き団子。 「少し待ってて」 「五時までには戻るって約束だろ、副長に怒られても知らないよ」 鉄之助は横目に通り過ぎ、わざと意地悪な言い方をした。 気の抜けたような声で言い返す。 「別に食べたくないし、いらない……ちょうど二本焼けてるから買ってくる」 「……は? 食いたいんだろ?」 「本当にいらない、早く帰りたいの。だから何となく……買えない気がする」 財布の中身を確認しながら、急ぎ足で通りを渡っていく。 すると竜巻のような勢いで、背の低い集団が角を曲がってきた。 「結羽さん、前!! どこ見てんだよ、もう少しでぶつか……え?」 「……ない。だ、団子が……消えた」 鉄之助に襟首を掴まれたまま、店の方向に指をさした。 前垂れを締めた女が興奮し、大きな団扇を片手に叫んでいる。 「ほ、ほら……買えなかった……」 「偶然だ。餓鬼の万引きなんてそこら中で起こってる。追いかけて奪ってきてやるよ」 「いい……それはそれで、決まってたことだと思うから……」 泣きたい気持ちを必死に抑え、無言のまま部屋に帰り着いた。 机の上に懐中時計を返そうとし、虚ろな目を鉄之助に向ける。 「泣けよ、俺も一緒に泣いてやる」 「もう、何もかも嫌になる……うっ、土方さ……うっ、うぅ……」 机に置かれていた御簾紙の束。 やる瀬なさに浅草紙を投げ捨てると、涙が一気にこぼれ落ちた。 鉄之助は私の考えも思惑も、その理由も事情も全てを知っている。 私が今、なぜ泣いているのかも。 鉄之助はいつも私の味方だった。 それなのに、こんなに早く別れることになるなんて…… この時は思いもしなかった。
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