第二十五章

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-----明治二年 四月 十四日 数日前の九日早朝、新政府軍が乙部に上陸を果たした。 乙部から軍勢を三手に分け、箱館に向けて進軍している。 松前、木古内、二股。 土方が向かったのは、箱館までの最短ルートである二股。 「副長は無事なんだろ?」 「うん、もう帰ってくるよ」 「それは史実? 女の勘?」 「史実だよ……土方軍は鉄壁の守備で敵を撃退する。二股口が破られることはないから」 落ち着きのない鉄之助に、聞かれたことを詳しく説明する。 土方のことが心配なのだろう。 蝦夷地ということだけで、最期がいつ訪れるのか知らないのだ。 どうせ日付けを聞かれても、今は答えるつもりはなかった。 「軍律を乱してはいけないから一杯ずつだって……土方さんね、部下たちを労ってお酒を振舞ったんだって」 「副長が自ら戦中に……なんて粋な計らいなんだ、その場に居なかったことが悔しいよ」 「そんな土方さんに、皆が笑ったって……昨日の夜だったかな」 新撰組の副長と言うだけで、土方は多くの兵士から恐れられていた。 それは京時代も今も変わらない。 その土方さんが酒を振舞い、部下を慰労して回るなんてね…… 少し前にあった軍議を思い出す。 軍資金のために、商家から金品を徴収しようという提案があった。 すでに様々な税が課され、市民は通行税まで払っているというのに。 幹部たちが首を縦に振る中、土方一人の猛反対によって中止となった。 本意がどうであれ、これを伝え聞いた商家は感謝したに違いない。 「本当は凄く優しいのにね」 「まぁ、結羽さんは特別だよ。言っとくけどさ……確実に恐いからね」 「うん、私も恐いけどね。軍中法度、知ってる? 禁門の変の前かな、門前に貼られたやつ」 「あぁ、聞いた。鬼の規則だろ」 勝手なことを言いながら、私たちは土方の帰りを待っていた。 ふと盆を片手に立ち上がる。 「帰ってくる……土方さん」 「……えっ?」 「これは女の勘の方だよ。お茶、淹れてくるね」 湯気の立ったやかんを見つめる。 土方の帰りを待ち侘びながらも、私は何か腑に落ちなかった。 十三日に勃発した二股口の戦い。 攻防戦は十六時間にも及び、土方軍は敵を撤退させ進撃を阻止した。 そして今日十四日、土方は一旦ここに戻ってくる。 第二次戦が開始されるのは二十三日。
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