第二十五章

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何のために戻ってくるんだろう。 総督に召集命令? 報告? 援軍要請? それらが史実であることは、前々からノートを見て知っている。 滝川充太郎率いる伝習士官隊が、援軍として駆けつけることも。 何となくこれだけじゃない気がする。 根拠とか何もないけど…… もちろん戦の結果も知っていた。 新政府軍の猛攻に耐え、土方軍は二股口を守り抜くのだ。 だけど敵の進撃を食い止められたのは、二股口だけだった。 新政府軍は松前と木古内を突破し、矢不来台場を陥落させる。 土方軍に伝えられたのは撤退命令。 矢不来が陥落したことで、退路を絶たれる恐れがあったのだ。 土方さんは戦に勝つのに…… それなのに……台場山を放棄しなくちゃいけないなんて…… 第二次戦もまだだし、土方軍の撤退は二週間も先の話。 こんなことを今考えてもね……だけど亜希に聞いた話も気になる。 今から十日ほど後に、滝川充太郎が命令もなく勝手な行動に出るらしい。 伝習歩兵隊の大川正次郎が、それを咎めたことで一悶着が起きる。 土方は総督であるのに、怒りもせず二人を宥めるというのだ。 怒鳴り散らすの間違いじゃないの? 慰労するとか宥めるとか……なぜか土方が遠い存在に思えてくる。 きっとこんな風に、未来のことばかりを考えているからだろう。 いつまでもここにはいられない。 新政府軍が箱館に迫っているのだ。 私は限りなく焦っていた。 一本しかない真っ直ぐな道を、後ろ向きに全力で走るかのように。 このままだと……土方と過ごせる時間はもう一ヶ月もない。 土方の行動を考えれば、傍にいれるのはほんの数日だった。 部屋の中から土方の低い声が、途切れ途切れに聞こえてくる。 戸を開けたと同時に、鉄之助の叫声に茶をこぼしそうになった。 「どうして俺なんですかっ!!」 「俺が決めたからだ」 「す、すぐに他の者を探します! ですからどうか……俺は必ず副長の役に立ちます!!」 鉄之助は私に見向きもせず、顔を伏せて畳に額を押し付けている。 土方は視界の隅に私を捉えると、表情も変えずに言い放った。 「だったらいいか、黙って俺に従え」
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