第二十五章

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気まずい空気を察知して、すぐに部屋を出て行こうとした。 湯呑みを机に置こうとし、土方の言葉に唖然とする。 「ここに写真と書付がある。これを姉貴に渡してくれ。それと彦五郎さんに、戦況やこれまでのことを伝えるんだ」 「だからどうして俺なんです! そんなもの、戦が終わればいくらでもご自身で話せるでしょう!?」 鉄之助は伏せた顔を上げ、今にも飛び掛かるような勢いで叫んだ。 両手に盆を持ったまま、波打った茶に目を落とす。 今の私の気持ちを反映していた。 土方の命令の内容でも、鉄之助の反抗的な態度でもない。 ノートにあった日付けのない文字。 『土方、市村を箱館から落とす』 どうなってるの……ねぇ、亜希…… 鉄くんが箱館を落ちるのは……たしか五月五日だって…… 土方は落ち着いた口調で、事もなげに話を続ける。 でもそれは一方的で、鉄之助の言葉は全く耳に入っていなかった。 「出発は明日だ、船はすでに手配してある。この二本の刀を持って行け」 「……い……だ」 「横浜から大東屋に向かうんだ。これを換金して旅費に充てろ。その旨は後で俺が文を書く」 「い、嫌だ!! 俺はここまで……命を捨てる覚悟で来たんだ!」 我儘な子供を持て余したように、土方は大きなため息をついた。 転がった二本の刀の他に、風呂敷には品物が包まれている。 どうしてそんなに鉄くんに拘るの? 土方は何かに執着したり、いつまでも一つのことに拘ったりしない。 「お前の心構えなんて聞いてねぇんだよ。他で話せ、俺の時間を無駄にするな」 「副長!! お願いですから、どうか別の者に命じ……」 「おい、結羽! 茶を淹れて来い」 そしてこんな風に、いつも命令口調で私を押さえ付けるのだ。 振り返った土方に怪訝の目を向ける。 だけどどんなに機嫌が悪くても…… 私に物を頼む時は、絶対にこんな言い方はしなかった。 突き刺さるような視線を受け止め、瞳のずっと奥を見つめ返す。 土方は私を見ていなかった。 両手に持った盆から湯気が立ち、今も私の視界を邪魔している。 返事もせずに背中を向けると、釈然としないまま部屋を出た。
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