第二十五章

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これが……お茶以外の何に見える? 淹れたばかりの茶を見つめ、閉まった戸に振り返った。 懇願する声に耳を澄ませ、今後のことを思い巡らす。 土方は間違いなく、鉄之助と一緒に船に乗れと言うだろう。 それでも私は何としても、箱館から離れるわけにいかなかった。 何度も馬鹿みたいに、海を往復している暇なんて無いのだ。 それにしても……鉄くんの落ちる日を、亜希が間違えるなんて…… 本当は五月五日じゃなくて、明日の四月十五日だってこと? 土方と口論せずに、箱館に留まる方法なんて思いつかない。 それに頼れるような知り合いも、ここには誰一人いなかった。 大きな不安と疑問を残したまま、再び部屋に戻っていく。 そして戸を開けた瞬間、土方の怒声で湯呑みが引っくり返った。 「しつけぇんだよ、てめぇは!! さっさと荷物を纏めろ、同じことを二度も言わせるな」 「俺はまだここで……う゛っ!!」 目にも留まらぬ速さで抜刀し、土方は切先を喉元に突き付けた。 鉄之助は後方へ手をつき、持ち前の反射力で上体を反らす。 「ひぃっ、何するの! お願いだから、そんなことしないで!」 「お前は口出すんじゃねぇ! そこから動いてみろ、こいつの首を斬り落とすぞ」 ぴたりと動きを止め、幽霊のように呆然と立ち尽くす。 何なの、その台詞……人質を取った犯人の常套句だよね? もう恐怖を通り越し、芝居でも見ているような気分だった。 違和感に包まれながら、鉄之助の様子に目を向ける。 釣られた魚みたいに、膝を付いたまま天井に顔を向けていた。 「何があっても俺は……命懸けで副長をお守りし……」 「一端の口利いてんじゃねぇぞ、この野郎! 迷惑なんだよ、そんなもんは女に言いやがれ」 「女に……でしたら副長は……」 「鉄くん、もういいの! 土方さんももうやめて!」 私のために言葉を呑み、鉄之助は為す術もなく涙を流した。 土方の絶対的な命令に、音もなく悔し涙が頬を伝っていく。 「簡単だ、答えは一つしかねぇ。命令に背けばこの場で斬り捨てる」 「副長に背くなど……ご再考頂けないのなら、従うしか……ありません」 鉄之助は泣く泣く呟いた。 刀を鞘に収める後ろ姿が、安堵したように大きく息を吐く。 それらから目を伏せた時、机の下に落ちた一通の書付を見つけた。 鉄之助でないといけない理由が、そこには書かれていた。
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