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これが単なる使いであるなら、きっと他の者に命じていただろう。
土方は拘っていたのではなく、鉄之助だからこそ命じたのだ。
十六歳という未来ある少年を、蝦夷地から脱出させるために。
掴めなかったものに、やっと手が届いたような気がした。
有無を言わせない力尽くの命令。
そして路銀にと刀を持たせ、換金依頼の手紙まで書くという配慮。
違和感が跡形もなく消えていく。
それはとても自然で、私のよく知っている土方だった。
『使いの者の身の上、頼み上げ候 義豊』
拾った書付から顔を上げ、鉄之助にそっと視線を向ける。
私の心強い味方となり、どの部下よりも土方に可愛がられていた。
それは当然だろう。
これまで鉄之助は、土方の附属として随従してきたのだ。
手離したくないのは、誰よりも土方本人なのではないかと思った。
そう思った途端に、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「結羽、鉄と一緒に……おい、何を泣いてやがる」
「だ、だって……土方さっ、うぅ……」
「俺が何だ、はっきり言え。泣いてたらわかんねぇだろうが」
着物の袖で涙を拭いながら、眉間に作った皺を見上げる。
土方は書付を奪い取ると、帯を鷲掴みにして体を引っ張った。
「黙ってろ、俺に恥をかかせるな」
抱き寄せた頬に唇を押し付け、土方は早口に囁いた。
意味を理解するのに数秒かかった。
「ひっ、土方さんが……急に刀を抜いたりするからでしょ!」
「あぁ……俺が悪かった」
咄嗟に胸を押し返し、我にもなく涙の理由を誤魔化した。
土方は僅かに笑みを浮かべ、手のひらで濡れた頬をさっと拭った。
怒っていたのが嘘のようだった。
だけどそれも束の間、土方はいきなり鉄之助の胸ぐらを引っ掴んだ。
「さっさと立ちやがれ! 日野までの道のりを甘く見るんじゃねぇぞ。敵の目を掻い潜らなきゃなんねぇんだ、しっかりしろ」
「はい、危険なのは承知しています……ですがどうして今なんです? 戦が終わってからでは駄目なんですか?」
乾いた目を鉄之助に向けた。
解せないのはおろか、未だに土方の気が変わることを望んでいる。
鉄之助が女だったなら、手強いライバルになっていただろう。
そんなことを考えていた時、廊下から声がして戸が開いた。
「なぜ今かは……」
「失礼します、大野です。土方さん、そろそろ大鳥さんが到着するようです」
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