第二十五章

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土方を呼びに来たのは大野右仲。 陸軍奉行添役で、土方たち奉行職の補佐役を務めている。 大野の姿を見たのはこれが二度目。 去年の四月に一度、清水屋で療養中の土方を訪ねてきたのだ。 私と土方の関係を知る者は、ほんの少数しかいない。 島田や相馬はもちろん、榎本以外には同役の安富くらいだろう。 大野に素早く背中を向け、机の前にさっと身を屈めた。 鉄之助の様子を窺いながら、散らかった書類を片付けていく。 微動だにしない立ち姿で、土方の横顔に熱い視線を送っている。 土方は大野に待つように言うと、想いが通じたのか鉄之助に向き直った。 「昨日には戻れねぇからだ」 「副長は勝ったんだ……二股の戦に、官軍に! この次の戦だって……」 「俺らの兵には限りがある。だが奴らには限りがねぇ……一旦は勝ったとしても最後には必ず負ける。馬鹿にでもわかることだ」 土方が語ったという有名な言葉。 亜希ならともかく、私がそんなことを知っているはずがない。 ……だったら何の為に戦うの? 心の中でぼやきながら、下向きに置かれた写真をそっと表返す。 胸のうちを読んだかのように、鉄之助が私の疑問を口にした。 「ま、負けるとわかっ……でしたら一体、何の為に戦っているんです!?」 「俺は総督だ。任せられて敗れるなんざ武士の恥じゃねぇかよ。だから……そういうことだ」 だから……どういうことなの? 私の気持ちをよそに、土方は平然と未来に言葉を残していく。 撤退を余儀なくされるも、土方は決して戦闘には負けなかった。 確固たる信念と、最後には負けると知りながらの戦いに臨む姿。 全く無関係の他人なら…… 一貫したぶれない姿勢や言葉に、胸をときめかせていたかもしれない。 だけどそうはいかなかった。 それは単なる男の意地であり、私には呪いの言葉にしか聞こえなかった。 私が愛したのは、過去の人でも歴史上の人物でもない。 今だって立ち上がれば、二秒で触れられる場所にいるのだ。 本当に死んじゃうかもしれない…… そう思うと乾いた目に、再びじわじわと涙が込み上げた。 写真の中の土方でさえ、愛おしいと思えるほどに…… 「身を以てこれに殉ずるのみ……そう仰っていました」 …………。 写真を胸に押し付けたまま、思わず背後に振り返る。 すでに注がれていた視線を、奥歯を噛み締めながら受け止めた。
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