第二十五章

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そんな恐い顔しないでよ……今さら。 大野に語ったものだとしたら、総督の言葉なんて私には関係なかった。 いちいち胸を痛めていては、キリがないし土方の傍にはいられない。 言葉の意味や私への気持ちを、追及する気なんて全くなかった。 死にたければ勝手にすればいい。 副長も総督も奉行職も、全部無くなってしまえばいいと思った。 これまでの肩書きも名前も、千両箱も大きな屋敷も何にもいらない。 土方さえ残ればそれで良かった。 「仙台で入隊した大野だ」 「…………」 「挨拶をしろ」 膝に置いた書類も気に留めず、言われるがままに立ち上がる。 土方に目を向けながら、小さな声で大野に挨拶をした。 「結羽と申します……雑事にかまけてご挨拶が遅れ、申し訳ございませんでした」 「ん? 清水屋にいた女中じゃ……」 「ちゃんと見ろ、俺の女だろうが」 そんなのわかるわけないでしょ。 土方を見上げた私の眼差しに、大野が一瞬にして顔色を変える。 「さ、さっきは余計なことを……本当に申し訳ない、この通りです」 「別に構わねぇ。おい、それは何だ?」 手に持った写真に気付き、土方が怪訝そうに眉を寄せた。 思わず両手を背中に回す。 「私も写真が欲しい」 「寄こせ、お前には必要ねぇ」 「どうして? 一枚だけだよ、土方さんが写ったやつ……」 「お前の目に俺が映ってるじゃねぇか。今みてぇに俺から目を逸らすな、余計なもんが入ると消すのに手間が掛かる。わかったか?」 土方は片手で頬を掴むと、満足げに瞳の奥を覗き込んだ。 何を言っているのかわからなかった。 返事をする間もなく写真を奪われ、見兼ねた鉄之助が口を開く。 「十年二十年と変わらない姿を、目に焼き付けろとでも仰るんですか?」 「出来ればそうしてぇが俺も年を取るんでな。こいつの目に他の男が映んねぇよう、日々精進していく所存だ」 鉄之助の婉曲的な非難に、土方は改まった言葉でやり返す。 もう鉄之助のように、私は何も言う気にはなれなかった。 「俺はそんなに……副長の役には立てませんか?」 「これまで俺が、なぜ結羽の一切をお前に頼んできたかわかるか?」 「……いえ」 「それがわかったら、もう一度聞きに来い。大野、再戦に備えて援軍を要請するぞ」 次々と飛んでくる矢を、土方は叩き落すようにして出て行った。 暫く鉄之助と二人、言葉もなく立ち尽くしていた。
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