第二十五章

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-----明治二年 四月 十五日 前を歩く背中を悄然と見つめる。 昨日の一件から、鉄之助とはほとんど口を利いていなかった。 眠れなかったせいで体がだるい。 足取りや気分だけでなく、背負った鞄までいつもより重く感じた。 今日が本当に、永遠の別れになるかもしれないというのに…… 昨晩、土方は戻らなかった。 言うまでもなく多忙を極めている。 体力はもとより鋼の精神力は、私の想像を遥かに超えていた。 副長と呼ばれた背後から総督と呼ばれ、振り返ったところに私がいる。 そんな訳のわからない状況で、よく正常でいられたものだ。 もう土方も近くまで来ているだろう。 このままだと私は、鉄之助と一緒に船に乗ることになる。 土方の言い付けに逆らうことなく、私は唯々諾々として従った。 その代わりに相馬に会って、別れの挨拶がしたいと頼んだのだ。 「副長は俺が邪魔だったのか」 「そ、それは違う……土方さんはそんなこと思ってない……」 口止めをされていたせいで、書付の内容は話せなかった。 別に私が話さなくても、日野に着いた時点でわかるだろう。 「知ってたのかよ」 「……え?」 「俺が日野に向かうこと……知ってて黙ってたのかって聞いてるんだよ!!」 鉄之助は業を煮やし、押さえ込んでいた憤懣をぶちまけた。 誤解を解こうとして追いかけ、慌てて正面に回り込む。 「ごめっ、違う……待って! お願いだから話を聞いて!」 「結羽さんの五年って何だよ!? 俺がどんな想いでここまで……ふざけんなよ!」 「知らなかったんだよ、私も!! だってこんなに早く……」 私は日付けを知らなかったのだ。 だけどそれを説明したところで、納得するのは自分だけだと思った。 「何だよ、途中で止めんなよ!」 「どうだっていいよ、もう! 鉄くんの想いは知ってる……私だって同じだもん!」 正面切って言い返した時、いきなり肩を突き飛ばされた。 よろけながらも拳で上腕を殴り返す。 押されるたびに殴って応酬し、互いに目も合わさず歩いていた。 鉄之助は前を向いたまま、不意に肩へ腕を回して寄り掛かった。 「俺から目を逸らすなってさ……結羽さんに言ってただろ? 写真のことだよ」 「けちだよね、たった一枚なのに」 「……は? 馬鹿なの? 死なないってことだろ、傍にいるんだから写真なんて必要ねぇって。何であんな自信満々に言えるんだよ?」
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