第二十五章

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土方に拳骨を食らわされ、鉄之助が頭を抱えてうずくまった。 素早く小声で相馬に口止めをする。 「土方さんには言わないでね? 私が文を書くなんて気を遣わせちゃうでしょ」 「あぁ、そうだね……副長が呼んでるみたいだけど……」 自分を呼ぶ声に慌てて走っていく。 鉄之助は私を睨み付けると、逃げるように相馬のもとへ走った。 「鉄を当てにするんじゃねぇぞ、右も左もろくに言えやしねぇ」 「大丈夫だよ、ここまで来たんだもん」 「暫く会えねぇっつうのに、やけに元気じゃねぇか……寂しくねぇのか?」 土方は涙の痕を探しながら、あえて野暮なことを聞いた。 大丈夫だと笑顔を見せ、心の中でぶっきら棒に聞き返す。 寂しいって言えば…… このまま一緒に船に乗ってくれるの? 手のひらを返したように、従順でいる私を訝っているのだろう。 表情に出た本当の答えに、土方は愚問だったと言葉を改めた。 「何の心配もねぇ。俺が傍にいねぇで誰がお前の面倒を見るんだ」 「ありがとう……その言葉の余韻で、五分くらいは生きていけそう」 ボタンに絡まったチェーンに気付き、懐中時計に腕を伸ばす。 私のふざけた返答に、土方は瞬時に手首を掴み取った。 「俺が言ってんのはな、五分やそこらの話じゃねぇんだよ。一生の話だ、わかるか?」 「……ある人類学者が言ったの。人が最古から必要としているものは、帰りが遅いと心配してくれる人だって」 「だから心配ねぇって言ってんだよ」 土方は念を押しながら、思わず掴んでいた手に力を込めた。 構わずにもう片方の手で、土方の身なりを整えていく。 言葉だけで明日に立ち向かえるほど、私の想いは単純ではなかった。 五分ごとに時計の針を見つめ…… 私は土方の帰りを、ひたすら何十年と待ち続けるだろう。 「毎日そうやって叱ってね……そして週に一度くらいは夕飯を褒めて……出来れば一ヶ月に一度は一緒に月を眺めたい」 「それがお前の願いか? 喜べ、俺にはそれ以上のことが出来る」 「そうかな、難しいよ……五分やそこらの話じゃないの、一生のことなの」 土方は目を伏せると、私の反撃に低い笑い声を漏らした。 そして力任せに腕を引っ張り、頭を抱えるように胸に掻き抱いた。 「俺を愛してると言え」 「あっ……ぐ、苦し……」
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