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苦しいと訴えながらも、本能的に土方の腰に抱き付いた。
意図不明な行動に土方が笑うと、私もつられて一緒に笑った。
どうしてこんな風に笑えるんだろう。
言葉を交わすのも触れられるのも、これが最後かもしれないのに。
離れたばかりの唇が重なり、未練を残しながら離れていく。
土方はそれを惜しむように、引き戻した頬へ唇を強く押し当てた。
私は信じていたのかもしれない。
土方が死なないことではなく、単純に土方の言葉を。
「言っただろ、お前の面倒は俺が見る。先のことは何も心配するな」
「うん、体には気をつけて……ごめんなさい……」
頷きながら土方の目を見つめ返す。
いつもの口調と眼差しが、私にこれまでの五年間を思わせた。
鉄之助の言うような自信とは違う。
当然というわけでもなく、そうとしかなり得ない必然的なものだった。
「何を謝るんだ」
「ううん……何でもない」
自分でもよくわからなかった。
これまでのことなのか、これからのことなのか……
頃合いを見計らって、鉄之助と相馬が遠慮気味に歩いてくる。
引き離されるような思いで、仕方なく掴んでいた服を放した。
「そろそろ本営に戻る。彦五郎さん以外の男とは口を利くんじゃねぇぞ」
「……へ?」
「へじゃねぇんだよ、わかったか?」
わかったと返事をすると、土方は機嫌よく頭を撫でて歩いていった。
小さくなった二人の姿を見つめ、鉄之助がおもむろに口を開く。
「他の男と口を利くなってさ……お互いの心配してる点、ずれ過ぎてない?」
「土方さんと話してたら、亜希の言ってる未来が本当なのかわからなくなってくる」
未来を受け入れることが出来たら……
何十年と土方を待たなくて済むだろう。
壊れた時計にも気付かず、悲嘆に暮れて生涯を終えていくのだ。
老いた自分の姿を想像してゾッとした。
「それで船に乗らないって本気? どうするの、知り合いもいないくせに」
「大町の宿所を訪ねようと思うの。土方さんね、今はほとんど使ってないみたいだから……」
私が五稜郭にいたからだと、鉄之助は相馬と同じことを言った。
「何で丁サなの?」
「商家ならどこでも良かったの。土方さんの評判が良いから……」
「はぁ? 副長の女ですって自己紹介するつもりかよ、やっぱり馬鹿なの?」
「出来たら土方さんの名前は使いたくない、だから……」
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