第二十六章

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気持ちが先走って早口になる。 悠祐は一拍置いてから、声の調子を探りつつ返事をした。 「嬉しいね、迎えに行くよ。何時?」 「は、8時……9時は? 早い?」 今すぐ……そう言いたいのを我慢し、無難な時間を選んだ。 寝ていないのかと聞かれ、目が覚めたのだと正直に答える。 「……じゃあ9時に迎えに行くよ。起きて何してたの?」 「何にも。過ぎたことばっかり考えて焦ってた……やることなんて何にも無いのにさ、バカだと思わない?」 「あるだろ。俺のメール見てないの? 起きてるなら返事ぐらいすぐに返せよ」 悠祐は怒った口調で私を責めた。 そんな優しさの裏返しに、虚勢のメッキが一気に剥がされていく。 「そうだね、ごめん……こんな時間に何かを見つけるなんて、ただでさえ難しいのに……どうしても眠れないの、寂しくて堪らない」 「俺も寂しいよ、お前が何も話してくれなくなったから」 「…………」 「わかってるんでしょ? お前が何に焦ってるのか、俺が代わりに言ってやろうか?」 悠祐が何のことを言っているのか、私にもよくわかっていた。 沈黙した私に、電話の向こうで悠祐が小さなため息をつく。 「箱館を脱出した鉄之助の行動……3通りある諸説の中から、お前の考えを1分以内にまとめること」 「…………は?」 「証明できないと正解とは言えないからね。お前なら簡単に……あっ、難し過ぎたかな。ごめんね」 悠祐はわざと意地悪な言い方をした。 叩きつけられた挑戦状が、私の壁を一瞬にして崩壊させる。 「3通りって……あのね、そもそも問題が間違っ……」 「答えは会ってから聞くよ。それ以外のことは何も考えなくていいから」 4月15日と5月5日の2通りでしょ? 無断で人の心に火をつけたまま、悠祐は話を終わらせようとした。 「8時に迎えに行くから」 「わ、わかった! すぐに用意す……ふふっ、先走っちゃった! 8時ね!」 「俺、10分で家出れるよ?」 「……ほ、本当? 嬉しい、待ってる!」 思わず本音を漏らしたのは、私じゃなく悠祐の方だった。 通話を終えた携帯で時間を確認し、オモチャの箱を開ける。 無駄に切り替わった1分と、全身緑色をした小さな恐竜。 急にどういうわけか、何もかもが待ち遠しく感じられた。
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