第二十六章

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だけど今は悠祐の優しさに、感動している暇はなかった。 8時に会うという約束が、30分後に変更になったのだ。 早速パソコンの前に座り、恐竜のオモチャをテーブルに置いた。 膝の上で資料を捲りながら、片手でキーボードを叩く。 調べるのは市村鉄之助のこと。 土方歳三の遺影の他に、辞世の歌や遺髪を日野へ届けている。 外国船に乗り込んだ鉄之助が、佐藤家に到着したのは7月。 やはり思い違いではなく、箱館を脱した日には2つの説があった。 1つ目は4月15日。 2つ目は5月5日。 通説としては、4月15日の方が多く採用されているように思う。 だけど私が結羽に話したのは、5月5日の方だった。 「3つ目の説なんて聞いたことない……何日のことを言ってるんだろ……」 いくら考えても時間の無駄だった。 知らないものは知らないのだ。 くしゃくしゃの髪に、人差し指を巻き付けたまま階段を下りていく。 母が心配しないよう、キッチンにメモを残して洗面所へ向かった。 それより悠祐の言葉が気になる。 証明とか正解とか……どういうこと? 鉄之助が船に乗った日を、まるで知っているかのような口振り。 悠祐が到着するまでに、どうしても答えを見つけ出したかった。 問題を解くというよりも、負けたくなかったのかもしれない。 「4月15日と5月5日、それ以外の日で……あっ」 ようやく閃いた答えは、いい加減でお粗末なものだった。 だけどどんな答えにしろ、証明なんて出来るはずがないのだ。 支度をして部屋に戻った時、携帯がメールを受信した。 2分で到着するという内容。 思わず見つめたクローゼット。 島田箱を引きずり出し、慌ててリップを塗って部屋を出た。 忍び足で玄関を出ると、少し離れたところに車が止まっていた。 島田箱を胸に抱え、助手席に乗り込む。 「メモ、ちゃんと置いてきた?」 「うん。さっきの問題のことなんだけどね……」 「焦るなよ、さすがに1分じゃ面白くないでしょ? ゆっくり話そうよ」 言い出した張本人が、自分の都合で勝手にルールを変えた。 島田箱を視界に捉えながら、悠祐はフロントガラスに顔を近づける。 「明日は雨かもしれないね、月が全く見え……」 「1つ目は4月15日。2つ目は5月5日。そして3つ目は……そのどちらでもない日」
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