第二十六章

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見つめ合ったまま動きを止める。 悠祐は受け取るどころか、島田箱を見ようともしなかった。 「何? 今、確かめればいいでしょ」 「その前に1つ聞きたいんだけど、土方はどんな想いで蝦夷地へ向かったと思う?」 「死に場所を見つけたとか、そういう話のこと? それなら絶対に有り得ないよ、断言できる」 周りが戦から降りた後も、土方は最後まで戦うことを止めなかった。 幕末ともなれば、切腹もろくに出来ない武士が多くいたというのに。 「だけど……それでも土方さんは、死ぬことなんて考えてなかった」 「どうしてそう思うの? 説明して」 「上手く説明……出来ないよ……」 見たままを話すのは簡単だった。 だけど人の感情なんて、理屈や倫理的に割り切れるものではない。 土方と歩いた150年前の鴨川。 結羽がいなくなったことで、土方は柄にもなく眉を曇らせていた。 焦った男の表情に、微かにも魅力を感じるのは私だけだろうか。 そこに切なさの一端でも垣間見れば、さらに情まで刺激されるだろう。 高杉には無いものかもしれない。 怖いもの知らずのラーテルのように、彼は破天荒でぶっ飛んでいた。 重罪である脱藩を繰り返し、数億円もの軍艦を独断で購入した男。 そして息を引き取る5分前まで、私の夢物語に頷いていた。 勝手気ままで嫉妬深く傍若無人。 それでも根は優しくて、有志に身分はないという言葉に惹かれた私。 そんな男を心から愛していた。 初夏に見せてくれた盆栽の雪を、私は一生忘れないだろう。 鴨川での土方を思い出すたび、ある疑問が脳裏をかすめた。 ……私は愛されていたのだろうか? 結羽の為であるなら、土方は恥を忍んででも生き延びるだろう。 屈辱に甘んじるくらいなら、高杉は私を道連れに潔く散るだろう。 突然、現代のことを教えろと…… 偉そうな命令口調とは裏腹に、土方はどこか憂いに沈んでいた。 『愛してるっていうのは、好きとは別か? 大切だって思うのと、どっちが上だ』 結羽との未来を思わせる問いかけ。 そんな土方が死を受け入れたなんて、私には到底思えなかった。 だけど何を話しても、悠祐を納得させる材料にはならないだろう。 結羽の内に秘めた強さも、土方の渇いた目も知らないのだから。
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