2 狩られかけた男

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その時三津の頭に新たな疑問が浮かんだ。 「何処に帰るんですか?」 ちゃんと帰る場所はあるのか。 壬生狼が待ち伏せてはいないか。 良からぬ想像が頭の中を駆け巡る。 「木屋町の方にある屋敷まで。」 男の口からすんなりと帰る場所が聞けてほっと胸を撫で下ろしたが,また新たな疑問が浮かぶ。 「木屋町ってどっち?近い?すぐ帰れます?」 この質問に男は目を丸くして首を傾げた。 「木屋町だよ?」 知らないはずは無いだろう…。 男がきょとんとしたのを見て三津は慌てて事情を説明した。 「昨年末にここに来たばっかりなんですよ。 ここで居候しながら働いてるんですけどなかなか道が覚えられなくて。」 お恥ずかしいと両手で頬を覆った。 「なるほど。では私の方が町の地理には詳しいようだね。今度案内してあげよう。」 男は穏やかに微笑んで,ゆっくりと腰を上げた。 「匿ってくれて有難う。この家の主を起こしてしまう前に帰るとするよ。」 まさか居候の身だったとは。 もしこれが知れたら叱責を受けるのは目の前の変わり者の恩人。 そうなる前に男は静かに出て行く事にした。 三津は見送らせてくれと勝手口までついて行った。 「お気をつけて。」 三津が浮かない表情をするものだから男は大丈夫だと気さくに笑ってみせた。 「命狙われてる人が大丈夫って言っても説得力無いです。何で壬生狼なんかに…。」 狙われている理由がいまいち分からんと口を尖らせれば 「仕方ないよ。私が長州藩士である限りは。」 と笑顔のまま呟いた。 「長州の人なんや。」 「そう長州藩士,桂小五郎。壬生狼の前では言わないでね。」 おどけたように笑った後ゆっくり三津の目線まで腰を落とした。 「それで君の名前は?」 「三津です。今日の事は誰にも言いませんから…。気をつけて帰って下さいね。」 桂はうんうんと頷いて,うっすら明るくなり始めた通りを駆け抜けて行った。 桂の背中が見えなくなるのを見届けて三津は部屋に戻って床に倒れ込んだ。 もしかしたら今の出来事は全て夢かもしれない。 だけど悪い夢じゃなかった。 「ちゃんと帰れますように…。」 寝苦しかったのが嘘みたいに瞼が勝手に下りてきて,そのまま深い眠りに堕ちた。
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