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桂と出会ったあの夜から数日が過ぎ,いつもと変わらない何て事のない毎日を過ごしていた。
本当に夢だったのかもしれない。
店の前を箒で掃きながら人混みの中に桂の姿を探してみたりした。
壬生狼に狙われている人間が昼間から町中を歩いている訳ないか。
頭の中では分かっていても体は勝手に桂を探していた。
「みっちゃん今日も暑いなぁ。」
三津が表に立てば自然と人が集まりだす。
みんなに声をかけられる度に人懐っこい笑みで応える。
誰にでも懐く三津は町内の人気者で居候している甘味屋の看板娘だ。
たすき掛けに前掛け,髪を簡単に結い上げた姿が三津の定番で着飾る事はしなかった。
田舎臭さを残したその姿がみんなに親しまれた。
どこへ行くにもその格好のままだから女将のトキにはもう少しは身嗜みを気にしろと叱られっぱなしだ。
近所の大人たちからも
「みっちゃん化粧したらいいのに。」
と言われるが
「似合わんやろ。」
と笑い飛ばしてお決まりの格好でいるのにこだわった。
意外と頑固者の三津に一番頭を悩ましているのはトキだ。
三津の母親代わりでもあるが故,真剣に将来の事を考えているというのに三津には笑って誤魔化され続けている。
ある日の昼,店番をしていると近所の子供たちが遊んでくれと三津を呼びにやって来た。
「ええよ,行っておいで。」
トキの計らいに三津は満面の笑みを浮かべると
「そしたら遠慮なくっ!」
店番の格好のままで出て行こうとした。
「こらお待ち!たすきと前掛けは外して行きなはれ!」
何度言えば分かるんだときつく怒鳴られようが,お得意の愛想笑いを振りまくのだ。
何はともあれトキの小言から解放されて一安心。
そんな三津にとって子供たちと遊ぶ時間は何よりも楽しみにしている事の一つだ。
子供たちと大きな声を出して走り回る,何も考えずに笑っていられる時間が大好きだ。
この日もいつも集まるお寺の境内で思う存分走り回った。
そして暗くなる前には全員を家の近くまで送り届けて帰路についた。
今日も楽しかったと鼻歌混じりに歩いていると,前方に酔っ払って暴れる武士の姿を見つけた。
『うわぁ…。たち悪いな…。』
酔っ払って暴れる武士は目についた人に因縁をつけては怒鳴り散らしている。
『巻き込まれたら適わんわ…。』
道の端によけ,早く通り過ぎようと歩く速度を上げた。
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