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私は、川が好きだった。
出来るだけ上流の、出来るだけ澄んで冷たい水を湛えた川が。
学校が休みの週末、私はよく近所の清流で泳いでいた。水着の上からサイズの大きいTシャツを着込み、いつもは高く結っている髪をほどいて川で泳いだ。流れの穏やかな、足が届かないほど深いのに、底が透けて見えるくらい水の澄んだ川。
私は、身体を滑り込ませた。
足先をつけただけなのに、全身に鳥肌が立つほどに冷たい、水。心臓が止まってしまうのではないかと思うくらいの水温に、徐々に身体を沈めていく。ほぅ、と吐息が唇から漏れた。
やがてその水温に身体が馴染むと、私は川底へと潜っていった。上の方は少し流れが速いけれど、下にゆくにつれ流れは穏やかになっていく。どこからか、かぷかぷと水の湧き出す音が聞こえた。
絶えず新しい水が流れ、淀むことのない川底に私は横たわった。水草が肌を撫ぜる。少しくすぐったくて、柔らかい感触。私は目を閉じて、くすりと笑った。瞼の裏で陽光がちらちらと爆ぜていた。
ここにいると、私は私であることを再確認できるのだ。世界と私との境界を鮮明に感じることができる。身を切るほどの水温に、自分の体温との差を感じて、くっきりと線を引かれたような気がして、自分がここにいることを証明できた気がして、私はホッとする。
私は、ゆっくりと目を開けた。息つぎをしようと、水面にざぷりと顔を出す。
全身で息をしているような、感覚。
さらさらと柔らかな水音を響かせて、冷たく澄んだ水がとめどなく流れていく。
頭上高く、揺れる葉の隙間から暖かい陽光が降り注いでくる。かすかな土の匂い。朽ちていく落ち葉の匂い。倒れた木々の影。風に揺れる葉の音。魚が、身をひるがえして光った。
いのち、を感じた。
もう一度、川底に潜り横たわる。あえて、ゴーグルを外して目を閉じる。瞼をかすめる水流を感じたかった。
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