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――私は、川が好きだ。
絶え間なく流れ、ひたすら海を目指す川が好き。停滞することなく、淀むことなく、進み続けるその様が好き。凪いだ川も、荒れた川も、大きな川も、小さな川も好き。でも、出来るだけ上流の、岩がごつごつと険しい川がいい。冷たく澄んだ水を湛えた川がいい。清流が大好き。
私が私でいるために、私は川に通う。
秩序のとれた静けさ。自然がたてるかすかな音に身を委ね、私は川底でうとうととまどろんでいた。
そこに。
唐突に、頭上から水面を割る音が聞こえた。あまりの驚きに肺の空気をすべて吐き出してしまった。苦しい。目を開けてもゴーグルを外した瞳には、すべてがぼやけて見える。人影が見えた気がする。さっきの破壊的な音はこいつのせいかと、一瞬憤ったがそれどころではなかった。息ができなくて、反射的に涙腺から漏れ出した涙が、川に溶けた。
冷え切った身体が不意に感じたのは、やけどしそうなほど熱い手の感触だった。大きな掌が、私の腕を掴み物凄い勢いで頭上へと引き上げていく。
水面に顔が出て、ようやく息ができるようになった。私は貪るように酸素を求めた。目尻から涙がこぼれる。咳きこむ様に呼吸をする私の背を、熱い手がさすっていた。そして。
「お前、死にたいのか!?」
という怒声が降ってきた。太い、男の人の声。目の前には、心底焦ってるというような精悍な顔があった。日に焼けて、黒くなった肌が良く似合う。同い年くらいだろうか、若い雰囲気だった。
彼は私の腰に手をまわし、沈まないように支えてくれていたが、私はそのことにも気付かず首を傾げた。むしろ殺す気ですか、と。その間にも彼は、ひたすら怒っていた。
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