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「どげんやったね? 結婚式」
鏡ごしに増田陽司(ますだ ようじ)が笑顔で話しかけてきた。
「やっぱいいですよねぇ。それにしてもウェディングドレスを着た女ってなんでああも輝いて見えるんですかねぇ」
陽司の明るさにつられるかのように美咲の声も弾む。
ここは那珂川町にある美容院。店の名前は『サンシャイン』。陽司はここのオーナー、そして美咲が毎回指名している美容師だ。
「美咲ちゃんも結婚しとうなったやろ?」
美咲ちゃん。
陽司はいつも美咲をそんな風に呼ぶ。37歳で店のオーナー、そして妻子持ちの陽司からすると28歳で独身、両親と一緒に暮らす美咲は子供に見えるのだろう。
「あっ……」
その瞬間美咲は鼓動が一気に早まるのを感じた。サイドの髪を整えていた陽司の右手の薬指がほんの一瞬ではあったが美咲の唇に触れたのだ。
「あっ、ゴメン」
それだけ言うと陽司は何もなかったかのようにカットを再開した。
「いえ……」
陽司に合わせ何でもないような口調で返した美咲だったが、早まった鼓動はなかなか平常のペースに戻らない。
私、どげんしたとかいな……。
そんな自分自身に対する戸惑いを隠そうと美咲は視線を膝に落とした。目が合えば陽司に動揺を見破られそうで怖かった。
「そういえば彼氏とは最近どげんね?」
陽司の問いかけに美咲はゆっくりと顔を上げた。鏡ごしに微笑む陽司と目が合ったものの激しく動揺することはなかった。そのことに安堵するのと同時に心が緩んでいくのを感じた。
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