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「さっき、お客さんに荻野君が仕事終わったら声かけるように言ってくれって言われたんだけど」
伸二が水の中に沈められた大量の食器と格闘していると中村亜樹に声をかけられた。
働き出してまだ二カ月で、それも高校一年生である男にまわってくる仕事など皿洗いぐらいのものだ。ファミレスの調理と言えどもまだやらせてもらったことはない。
「どんな人ですか?」
「かっこいい人」と中村は人によって全く違う人を指す言葉を使ったが、伸二にはそれが誰かすぐに分かった。
「ああ、分かりました。ありがとうございます」伸二は少しうんざりした。亮を見た人間は決まって同じことを言う。どうせ中村にも言われるのだろうなと思った。
「ねえ、誰なの? 知り合い?」中村は今年大学三年生で、そろそろ就職活動しなきゃなと言っているが、彼女の茶髪を見る限りその気配はない。
「兄貴ですよ。多分」
「本当に?」と中村の声のトーンが少し上がった。そして伸二の予想通りの言葉が出てくる。「全然似てないじゃん」
大して親しくもない中村に事情を説明したくないので、「昔から似てなかったみたいですね」と伸二は答えた。
「お兄さん、何してるの? スーツ着てたけど」
「普通のサラリーマンですよ。何かの営業やってるって聞いたけど、詳しいことは分からないですね」
「兄弟でしょ。知っときなさいよ」
「一回教えてもらったんですけど、よく分からなかったんですよ。僕があんまり会社のこととか詳しくないから。有名な会社じゃないことは確かですね」
「まあ高校生だったらそんなもんかな」中村は特別責めるつもりはなかったようだ。「でも何で来てるの? 約束でもしてた?」
「さあ」と伸二は答える。本当に何も知らないのだ。「多分、たまたま帰りが僕のバイトの終わる時間に近かったから寄ったんじゃないですかね」
「ふうん、仲いいんだね。二人で暮らしてるんだっけ?」
「そうですよ」
「彼女とかいるの?」
「どうなんだろ。彼女っぽい人はいるのかな」
「何それ」
「うちの兄貴と付き合いたいとかはやめた方がいいですよ」
「何で?」
「かなり女癖悪いから」
ええ、と中村は汚いものを見るように顔をしかめた。「あれだけかっこよかったら仕方ないのかな」
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