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「瀬名?」
先に進みかけた親父も立ち止まり、振り返った。
向かい合って顔が見えると困るので、咄嗟に下を向く。
薄汚れたおれのスニーカーも、闇の中では一際白く光っている。
「駄目だよ。そんな名前やめろよ」
「どうして?」
「だって、おれの名前は母さんが付けたんだろ? 美和子さんにとっては前の女じゃないか。そんなのおかしいよ。かわいそうだ」
自分の生きる道を颯爽と風を切って走り抜けて欲しいと、好きだったレーサーの名前を取った。
そう、幼い頃に母さんから聞いていた。
忘れてなどいない。
「美和子の心配をしてくれるのか」
「……え?」
自覚などなく口走っていたけれど、確かにそうだ。
彼女が悲しむ顔は見たくない。
いつでも笑っていてほしい。
いままでとは正反対の気持ちだ。
彼女の幸せそうな姿を見るのが辛くてどうしようもなかったくせに、それでもやっぱり彼女には幸せでいてほしい。
何て裏腹な感情だろう。
苦しいだけなのに。
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