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夏休みも終盤に差し掛かった。
あれだけ強かった日差しも、お盆を過ぎたあたりから一気に老け込んだ気がする。
いつものように洗面所から玄関に直行する途中、キッチンに彼女の姿が見えた。
向こうからもおれが見えたらしい、スニーカーの紐を結んでいるところへ、上から声が降ってきた。
「朝ごはんくらい食べたら? 力が出ないよ」
「いらない」
即答して立ち上がる。
振り返らずにドアを開けると、背後から懲りない声が掛かる。
「瀬名(せな)くん。夜はうちで食べる?」
心細さが滲み出ていると思った。
向こうにはおれを引き留める切り札があるので、断る余地はない。
うつむいて視線だけ背後へと飛ばすと、彼女の盛り上がった腹部が真っ先に目に入った。
臨月。
陣痛は夜から始まりやすいので、ひとりにするなと親父がうるさいのだ。
その親父は出張で、今晩は帰らない。
「……うん」
ぽつりと落ちた答えに、わかりやすく息をついて安堵する姿が見えた。
両手が自然と迫り出した腹をさすっている。
妊婦共通のクセなのか、しょっちゅう目にするしぐさ。
おれはそれを見るのが大嫌いだ。
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