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「瀬名!」
翌朝五時を過ぎた頃、ようやく親父は現れた。
車を運転し続けて憔悴しきった顔が、おれに近づくにつれ徐々に生気を帯びていく。
「おまえ、よくやったな」
くしゃくしゃの笑顔で髪の毛を掻き回された。
「やめろよ。小学生かよ」
恥ずかしくてすぐに払いのけても、親父は笑みを崩さない。
むしろ、感極まって泣き出しそうに見える。
「まだ対面もしてないのに泣くなよ、かっこわりぃな」
「そうだな」
「早く会ってきてやったら。ずっと待ってたんだから」
親父を彼女の元へと促して、おれは背を向けた。
つかの間の幻想のような出来事に、背を向けた。
今頃気づくなんて、おれはどれだけ鈍感なのか。
気づいたところでどうにもならない。
むしろ気づかないまま、ずっと嫌いだと思い込んでいたほうがよかった。
疎ましかったのは、親父のものだと主張する彼女の姿。
本当は、結婚の幸せを噛みしめる彼女を直視するのが嫌だったのだ。
「一緒にいて」
そんなひとことで世界が逆転した。
美和子さん。
あなたはなぜおれの母親なのだろう。
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