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「うううぁぁ、寒いっすねえ」
間の抜けた声で岩波は体を震わす。確かに寒い。厚手のスーツの上にロングコート、マフラーに手袋おまけに岩波に至ってはピンク色の耳当てまで着けているというのに、どこから感じるのやら寒いものだった。
前方、といってもかなり先だが、大竹もその寒さに手を摺りながら歩いているのが見える。
何も無い住宅街をただひたすら、迷うことなく進んでいる。一体どこに向かっているのやら……
「はい。先輩のです」
いつの間にか路肩の自販機から岩波が二人分の缶コーヒーを買ってきていた。缶は不味いのだが、この際味に文句は言えない。寒いのだ。一口煽ると体に細胞が行き渡るような、活力が戻るのを感じた。
「長いな……1時間か?」
「それと18分です」
岩波が腕のきらきらした時計を見ながら答える。こいつはこういう変なところのファッションにだけは関心がいく。
追跡を始めたのが彼女の自宅。彼女は今日は非番なのだが、まぁ何分容疑者なのだ。張り込みくらいは付く。
「しっかし大竹さんがねぇ。まさかまさか、人間わからないもんですね」
達観した老いぼれのように、悟ったような口ぶりの後輩を横目に見つつ頷く。
確かにわからない。
彼女は罪を犯した、らしい。
殺人だ。
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