睡蓮のエメラルドグリーン

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ボクはまだ降ろせない 背中の重いこの荷物を降ろすことは出来ない そのためには もっと もっと 上へ昇らなくてはいけない 先生に話せばきっと 「自己満足」 と言われるだろう けれど それが彼女との約束で 唯一 ひとつになれる瞬間だった ボクは彼女を女として愛していた けれど 男として愛してあげる事は出来なかった 「先生、時間を作って来てくださいね。あぁ、来る前に連絡ください、待ってますよ」 「うん。是非、行かせてもらうよ…たまには街の空気も吸わないとね」 そう言うと 吸っていたタバコを灰皿替わりの小さな綺麗な絵皿に押し付けた ひと目でアンティークとわかる物だ 何だか自分の体にタバコを押し付けられたような気分だった 先生、そうなの? ボクは少しの切なさとヒリヒリする痛みを抱えたまま病院を後にした 病院を出ると気持ちの良い日差しと風が海から流れてくる いいところだなぁ… 彼女と旅した海辺の街を思い出した ボクの中ではまだリアル過ぎるほど その人は生きていた 何気なく病院の建物を振り返ると 窓がひとつだけ開いていて 先生が手を振っていた ボクはさっきのタバコの事を思い出し複雑な気分だったが 軽く手を上げ返した そして、そのまま来るときと同じバス停への道を歩き出した もしボクが、現れなければ 先生と彼女は 幸せな結末を迎えていたのだろうか…? 背中に視線を感じたままボクは歩き続けた
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