ヴァセリン硝子の緑色

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ヴァセリン硝子の緑色

個展のハガキ改めて見ながら窓辺に立つ デスクの上でヴァセリン硝子の一輪挿しが太陽の紫外線に反応するように 蛍光色の不思議な光を放っている ヴァセリン硝子は彼女が特に愛したアンティークだった 振り返らずに歩く彼の後ろ姿 「相変わらずバスできたのか…車くらい充分買えるだろに。それにしてもよく、ここまで頑張ったな君は」 ひとり呟く 決して彼のせいでないことは分かっている むしろ、自分が彼女の心も体も救えなかったのだ 医者として今でも後悔している だが彼がいなければ、 彼女と僕は もしかしたらもう少し穏やかな最後を迎える事が出来たかもしれない いや、違う。 彼がいてくれたからこそ、ここで彼女は穏やかに行く事ができたのだろう 精神科医のくせに自分の事が上手く分析できない もしかしたら、まだどこか病んでいるのかもしれないと思う事すらある ここらで一度、心の引き出しをひっくり返して整理してみる時が来たのかもしれない もう一度、自分と向き合ってみようか あの時のように 灰皿替わりにした絵皿を洗面台で丁寧にあらう 白衣の裾で水を拭って デスクの引き出しにそっとしまった 本当はとても大切な物だった 特別に高価な物ではなかったが彼女との想いでの品だ 何故、彼の前で灰皿なんかにしてしまったんだろう…… 自分はあの頃と何ひとつ変わっていない 自分に自信がもてない だから、きっと彼にあんな意地悪な事をしてしまう ねぇ、ゆり子さん 僕は自分をどんなふうに片付ければいいのかな? あなたは僕のなんだったのかな? そして あなたにとって「僕」は何だったの?
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