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竜法院のあるアダ・バスレイは、ティムリアの都の北を徒歩で半日行った所にある。
灰色の石で積み上げられた壮大な建物は、王宮の華麗さはないが、来る者にイディンのあらゆる法と秩序の権威を知らしめている。事実、その最高会議での決定事項は、イディン全ての王侯の権威に勝り、絶対とされていた。
もちろん、アシェルがここを訪れるのは初めてのことだ。石柱の続く長い玄関アーチをくぐった先のホールは、明らかに王宮よりも二周りは広い。しかも、正面の壁にある竜の大群の巨大なレリーフが、訪れる者すべての目を奪う。その首を巡らせるほどの偉容に、思わず足を止めた若者は嘆息し、もう少しで前を行くカラックを見失う所だった。
ホールでは、竜法院職員の短いガウン姿と、礼装の貴族が行き交っている。その中で勢一杯余所行きを着込んだものの、自分がいかにも小さくみすぼらしく思え、アシェルは緊張する肩をますます縮込ませた。だがヴァルドの男が一向に頓着せず、外の者の服装で堂々と歩を進めているのは、元は貴族である彼にとって大した問題ではないからであろう。
気後れした目を周囲に向けていると、カラックが足を止めて振り返った。顎を上げて、あれが一級の祈祷師だと囁く。示されたのは、膝丈の裾に房飾りが付いた純白のガウン姿の人物。
「竜法院のお偉方中のお偉方さ。ああいうのに睨まれたら、大変だぜ」
その言葉に、喉奥が固く引き締まる。
巨大なホールを横切り、いくつあるか分らない廊下の一つに入った。カラックの足取りが些かの迷いも無いのは、以前からここを知っているためと思われる。やがて柔らかい陽に包まれた小さいホールに出ると、再び若者へ肩越しの顔を見せた。
「ここが工芸部だ。まだ、ちょっと早い様だから、座って待つか」
言うなり慣れた様子で繻子張りの椅子に腰を下したので、見習いもその横に恐る恐る身を収めた。
左右と後ろには重厚な扉がいくつか並び、灰色の壁に様々な図柄のタペストリーが掛っている。ホールを満たす光は正面の大きな窓からのもので、ガラス越しの中庭の濃い緑が涼しげな影を作っていた。白い花をつけた夾竹桃の枝が揺れて、開いた窓から風が吹き込んでくる。
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