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「元締って、ここに来た事あるんですか?」
シーリアの若者の問いに、ヴァルドは懐から銀の煙草入れを取り出しながら頷いた。
「ああ。それなりの貴族の息子は、何年かをここのガッコの寮に放り込まれるのさ。で、まあ、ブンガクやらレキシやらホウリツやら叩き込まれて、竜法院には楯突いてはいけませんと教えられるわけだ」
若者が目を瞬かせたので、苦笑する。
「そうは見えねえか」
アシェルは首を振った。
「いえ……それで、あの文字も読めたんですね。アムダルカの石小屋にあった、箱の古い竜文字」
「おう、よく覚えてんな、お前も」カラックは煙草に火を付けながら、目元に皺を寄せて笑った。「でも、あれはミティレネから習ったんだ。ガキに毛の生えた程度の連中には、必要ないもんだしな」
「ミティレネ……って、ああ、給仕長の亡くなった奥方様」
アシェルは、タニヤザール邸のホールにあった肖像画を思い出して頷いた。
「彼女はああ見えてもイディンの古代史の権威でな、タニヤザールに嫁ぐ十七歳の時には、もう竜法院の教壇に立っていたという才女だ」
カラックは吸った煙草の煙を、鼻と口から勢いよく出して溜息をついた。
「何を好き好んで、子連れの男の所に来たのかなあ。おまけにタニヤザールは竜法院と犬猿の中で、教職を続けるには肩身の狭い思いをしたんだろうさ」
吐き出した煙が窓からの風に流されて散っていくのを、アシェルは目で追った。
「給仕長って、ここと仲が悪いんですか?」
「なんか、古い因縁があるらしくてな。お陰で在学中は、さんざそれで、寄ってたかっていじめられたもんだ……おい、なんだよ。その目つきは? 信じてないな? ホントだって。三日に一度は嫌がらせを受けてだな……」
調達人見習いの疑わしげな視線を受けて元締が口をとがらせた時、右手の扉が開き、現れた人物が声を掛けた。
「カリオン! やっぱり君か! カリオン・エニヴァル・タニヤザール!」
本人ですら忘れていた貴族名を呼んだのは、血色のいい額と大きめの前歯が目立つ小柄な男である。緑がかった黒っぽいガウンが、仕事着のようだ。
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