第1章~冬の海~

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ベルナデッタは文字も読めなかったらしい。しかも、マリア様の出現で「嘘つき」呼ばわりされ、修道女になった後も決していい扱いはされずに早く死んでしまった。母さんは、どんな目に合っても、マリア様の娘として 生きていって欲しいという願いをこめたのだろう。だけど、私は、そんな立派な我慢強い女性になれるとは思わないし、 イエス様とマリア様がいるのなら、今の私はどうしてこんな状況にいるの?私は神様を信じていない。 利佳子の洗礼名は 「マリア・セシリア」だ。音楽の聖女で教会のパイプオルガンを弾いている利佳子にはぴったりの洗礼名だ。 しかも利佳子は神様がいることを信じている。お祈りもロザリオも毎週のごミサも家族揃って行う。 私の家みたいに形だけの信仰とは違うのだ。 こんな立派な女の子が私の親友だというのは感謝であるけど、利佳子に申し訳なく思うこともある。全く私はダメな子だ。卑屈になってそれが自分の存在だと思う… 「最近、おばさんと連絡してる?」坂を下りながら利佳子が尋ねる。 「母さんはご降誕のミサの準備で忙しいみたいや。学校もまだ冬休み前でバタバタしてるって」 母さんは隣のN市で 小学校の先生をしている。 「そっかぁ、シスター達もご降誕の準備してるもんね。私もミサ曲が変わるから ご降誕は嬉しいけど 猛練習してるねんよ」 クリスマスか… どうでもいいや。 「愛ちゃんは今年帰ってくるん?」 愛(めぐみ)ちゃんは、私の姉さんで、今年聖母園女学館を卒業して、福岡の大学で英文学を勉強している。父さんは愛ちゃんが福岡に行くことに大反対だったけど、愛ちゃんの努力と根性で勝ちとった合格を認めざるを得なかった。 「愛ちゃん、夏休みも帰ってこなかったし、多分バイトで帰省はせーへんと思うで」 「愛ちゃん、そんなにバイトしてるん?」 「夏休みは家庭教師二軒とロイホのホール掛け持ちしてたんやって」 愛ちゃんがバイトをそれだけせねばならいのは、私がお願いしたことも一つ絡んでいるのだが…。 「うわ、愛ちゃん めっちゃ大変やんか。愛ちゃんの安全もお祈りしないとね」 利佳子は三つ編みの先を片手で押さえながら「寒いなぁ。風すごいよ」と続ける。 私がどんなに悪い人間であっても、利佳子の笑顔を見ていると、私も善人になれるような気がする。 少しズレているけど 大きな暖かさを抱えた利佳子。
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