気配

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ふっと笑いながら思った瞬間、空気が重くなった。まるで空気全体がのしかかってきたような感覚に、やはり来たかと身体を起こす。 淡々と着替えを済ませ、台所から塩を取り出し、小皿に少々盛っていく。それを四つ作ったところで、背後に気配を感じた。 「今日の飯は、塩ご飯ー」 咄嗟について出た独り言。悪い癖、ではない。 「あんまり美味しくないかもよー」 決して振り返らず、盛った塩を見つめる。ついでに、首もとにも塩をつけた。 「あーあ、風呂入ったのに。汚い」 矛盾を吐きながら、独り言を繰り返す。まだ気配は消えてくれない。 「さて、ご飯の様子でも見ますか」 一瞬、間をおいた。いきなり振り向くのは、さすがに気が引けたのだ。 躊躇わず一気に振り向くと、すぐそばのテーブルに、見たことのない口紅が置かれていた。 それを無視するように、湯気を放つ炊飯器に向かう。 「ご飯ー」 『どうして無視するの』 「おお、熱い」 『こっち向けよ!』 「できたてはやばいなー」 『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』 聞こえないように茶碗にご飯を盛り、居間の小さなちゃぶ台に置き、元気よく手を合わせる。 「ごめんなさい、いただきます」 気配は無くなった。 やはり、いただきますの前に謝るのは、悪い癖なんだろうか。しかも飽き性の俺は、近々また引っ越そうとも思っている。 そう、悪い癖。でも、別にいいだろ? 悪かろうが、こうしてないとやっていけないんだから。
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